2011年12月30日金曜日

「自炊」の問題


1週間ほど前の話になるが、
有名な作家や漫画家のセンセイ方が、
いわゆる「自炊」の業者を提訴したことが話題になった。

この「自炊」とは、
自分の所有する書籍をデジタル化する作業のことで、
業者は裁断やスキャンなどを代行している。

このニュースに接し、私はポカーンとしてしまった。

自分で買った本の始末まで
著作権を持つ人に支配されなくてはならないのか?

そもそも自炊は捨てる行為ではなく、
形を変えて保存する行為である。

いったい何がいけないのか、理解に苦しむ。

そう言えば、
私が就いているテレビ業界でもデジタル化の嵐を経験している。

我々の場合、
録画・録音の媒体が、磁気テープでは無くなりつつある。

私の会社では、
すでに完全テープレス化が実現していて、
社内の業務では磁気テープを使用していない。

映像の分野では、
地上波のテレビ局が出遅れたままのようだが、
音声の分野では、
録音・編集・加工のプロセスが
すべてコンピューター上で行われる。

しかし、
私が「小僧」(アシスタント)だった頃の音屋は、
まさに職人芸の世界だった。

音楽やナレーションを編集するためには、
6mmテープに録音して、
通称「デルマ」で編集点にマークをつけて
テープをハサミで切断。
もう一方の編集点との接合はスプライシングテープを用いる。

当時のプロには失敗は許されず、
「 undo 」なんて逃げ道は存在しない。

大きなロスタイムを生じる「やり直し」なんて
信用を失墜させる致命的な行為で、
皆が、日々、真剣勝負を繰り返していた。

細かく困難な仕事が速く正確に出来る。

それが「尊敬」に通じていた。

プロ野球の「珍プレー・好プレー」特番が、
2泊3日コースになるような時代だった。

この頃のシステムは、
多様な制作的なニーズに応えていくには旧式で、
抜本的な革命が必要になった。

最初は、テープのデジタル化が進んだが、
求められているのは音質などではなく、
作業そのものの効率アップだった。

勿論、
ベテランのエンジニアにとっては
自分のアドバンテージが消えてなくなってしまうような変化は
快いものではなかったと思うが、
皆が新しい時代に対応するために学び、
独自に知識と技術を身につけていった。

…当たり前のことだけど。

今、書籍の世界には
こうした動きが無いように映る。

思えば、
既存の「出版」という仕事そのものが
不要になっているのかも知れない。


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